ざっくり日本の競馬史

 

f:id:pitann:20190505140424j:plain

ドンベイさんによる写真ACからの写真

先日、平成最後の「天皇賞(春)」が京都競馬場で開催され、クリストフ・ルメール騎手騎乗のフィエールマンが見事、優勝しました。
おめでと〜!٩(*´꒳ `*)۶

そして、秋には令和になってから初めての「天皇賞(秋)」が東京競馬場で開催されます。
楽しみですね!←早すぎるが。(笑)

「天皇賞」は、現在、春と秋にそれぞれ違う競馬場の違う距離で開催されていますが、実はとても歴史のあるレースで「伝統の一戦」と言われたりもします。
私は時々競馬を観るんですが、競馬が日本でいつ、どのように始まったのかなどその歴史までは知りませんでした。
そこで今日は、競馬の歴史を少し調べたのでざっくりご紹介したいと思います。

はじまり

16世紀にイギリスで始まった近代競馬が日本にもやって来たのは、江戸時代末期の開国とほぼ同時期の事です。

横浜に設けられた外国人居留地で、1860年に、当時日本に住んでいた外国人達によって開催されたのが最初とされています。
その後、1866年に江戸幕府が根岸競馬場(横浜)を完成させ、翌年1月に日本人による最初の競馬が根岸競馬場で開催されました。

当時の日本は、開国したばかりで国中が目まぐるしく変化していた時代です。
例えば1863年には薩英戦争がありましたし、1867年には大政奉還がされています。あの坂本龍馬が暗殺されたのも1867年です。

そんなクソ忙しい時に何やってるの??と言いたくもなりますが、逆に、そんな時だからこそ日本人の物凄い度量の広さと前向きさを知る事ができます。

日本はそこからずっと競馬に取り組み続けます。
確かにそれは純粋な競馬に対する情熱だけではなく、外国人へのご機嫌取りや軍馬の育成(←ちょっと勘違いしてる気もするけど^^;)、資金集めといった別の目的もあったようです。
が、やはり当時の日本人はタフだなと思います。

ちなみに現在の「天皇賞」の前身である「帝室御賞典」は、1905年に創設されています。
日露戦争が行われたのが1904年2月から1905年9月ですから、「伝統の一戦」もやはり忙し過ぎる時から始まっています。というか、5月なのでがっつり戦争中なんですけどね。(;・∀・) どうなってるんだ日本。

戦時中

1941年12月の真珠湾攻撃から1945年9月の降伏調印まで、日本はあの有名すぎる大東亜戦争を戦っていました。
なので、当然、競馬は中止されていたんだろうなと思っていたら…
1943年に「来年から競馬は中止しましょう」と閣議決定がされるまで普通に開催されていました。
これはちょっとビックリですね。

そして戦争中にもフジクリという大変強い牝馬が活躍しています。
ちなみに、フジクリの主戦ジョッキーだった前田長吉(ちょうきち)さんは、1944年に召集されて旧満州へ出征し、終戦後に旧ソ連に抑留されてシベリアの強制収容所で亡くなっています。

このシベリア抑留では、約57万5千人もの日本人が奴隷のように扱われ、そのうち約5万5千人が命を落としています(日本政府調べ)。
旧ソ連最低ですね。

戦後

戦争が終わって、1946年に競馬も再開されました。
主催者は、日本競馬会→農林省→日本中央競馬となり、1954年に中央競馬第1回開催が東京・京都競馬場で行われました。

1964年、シンザンが戦後初の三冠馬となり、1981年には日本初の国際招待競争として「ジャパンカップ」が創設されました。

その後、シンボリルドルフやオグリキャップ、ディープインパクト、オルフェーブルなど数多くの名馬が誕生し、日本の競馬の人気は一気に高まっていきました。

終わりに

開国と同時に始まった日本の競馬は、さまざまな苦悩を乗り越えて今も私達を楽しませてくれています。
近年では、日本馬の海外での活躍も珍しくなくなりました。
そして、日本では今日も大勢の外国人騎手が活躍してくれています。

こんな風に日本の競馬は、日本の歴史と寄り添いながら、形を変えて継続されて来ました。


そんなJRAが数年前に作ったCMがあります。
そっと私達を励ましてくれるとても良いCMなので良ければ視聴してみて下さい。


jRA 感動CM